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岡山地方裁判所 昭和62年(ワ)340号 判決

原告

有限会社エム・ジー企画

右代表者代表取締役

柳井啓秀

右訴訟代理人弁護士

水谷賢

被告

右代表者法務大臣

高辻正己

右指定代理人

吉川愼一

吉田光義

工藤真義

北村勲

中西俊平

藤本弘視

津村英夫

大本正二

川上数則

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し、一〇〇万円及びこれに対する昭和六二年五月三一日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  主文と同旨

2  担保を条件とする仮執行免脱の宣言

第二当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

(一) 原告は、興行、演芸の企画及びあっ旋、海外芸能人の招へい及び興業を目的とする有限会社であり、昭和四九年以降現在に至るまで、労働大臣から職業安定法(以下「職安法」という。)三二条一項但書の規定による芸能家の職業をあっ旋することを目的とする営利職業紹介事業の許可を得て、右事業を営んでいる。

(二) 被告は、本邦に入国しようとする外国人の上陸、在留事務を所掌している。

2  法務省の違法行為及び故意又は過失

(一) 事前審査終了証制度

法務省は、フィリピン人、韓国人又は中国(台湾)人(以下、合わせて「フィリピン人等」という。)で、本邦で歌唱、舞踊、演奏等の興行活動を興行場、ホテル、飲食店、キャバレー等の公開の場所において行おうとする者(以下「芸能人」という。)の本邦への入国数が増大したことから、昭和五八年四月一日以降その査証発給手続について、以下のような手続(事前審査終了証制度)を定め、これを実施した。

フィリピン人等外国芸能人と雇用契約を締結した招へい者は、法務省地方入国管理局に対し、公開興行に関する事前審査願書、招へい者と当該外国芸能人との間の雇用契約書、招へい者の身元保証及び誓約書並びに公演日程表、当該外国芸能人の資格証明書、公開興行出演中の写真並びに事前審査終了証に貼付する写真、出演先の出演承諾及び誓約書、営業許可証、料理飲食等消費税納税証明書並びに公演場所図面等を添えて公開興行に関する事前審査願出を行うと、同局において、当該外国芸能人の入国を認めることが適当であると判断したときは、右招へい者に対し、公開興行に関する事前審査終了証(以下「事前審査終了証」という。)を発給し、右招へい者から事前審査終了証の送付を受けた当該外国芸能人が日本の在外公館に事前審査終了証を提示して査証発給申請を行う。

(二) 事前審査終了証制度の違法性及び法務省の故意又は過失

事前審査終了証制度によれば、法務省は、当該外国芸能人が招へい者以外の第三者の下で出演することを当然の前提として審査に当たっており、右出演先については、右出演先が営業許可を受け、所定の料理飲食等消費税を納付しているか否か、公演場所が一定の設備、面積等を具備しているか否かなどについてのみ審査しているに過ぎない。

ところで、職安法三二条一項においては、芸能人の職業をあっ旋することを目的とする有料職業紹介事業を行える者は、労働大臣の許可を有する者に限定されており、また、芸能人についての労働者派遣事業については、労働者派遣事業の適正な運営の確保及び派遣労働者の就業条件の整備等に関する法律(以下「労働者派遣法」という。)に規定する適用対象業務とされていないので、同法四条三項により、右事業は全面的に禁止されている。したがって、芸能人に職業をあっ旋することを目的とする有料職業紹介事業の許可を得ていない事業主が、フィリピン人等外国芸能人と雇用契約を締結し、同人を第三者の下で出演させる場合は、右第三者との間で請負契約を締結するほかないが、実質は、職業紹介、労働者派遣であっても、形式的には、請負契約の形式を採るという脱法行為が行われる虞があるため、職安法施行規則四条、労働者派遣事業と請負により行われる事業との区分に関する基準(昭和六一年四月一七日付労働省告示三七号、以下「本件告示」という。)において、請負により行われる事業と認められるための基準が定められており、右各基準によれば、請負により行われる事業と認められるためには、事業主に、右業務の処理に関し、業務管理上の独立性があること(直接事業主が業務遂行方法に関する指示を行うこと等)、労働時間管理上の独立性があること(始業時刻、休憩時間、休日に関する指示、時間外労働の指示等をしていること)、秩序の維持の独立性があること(自ら労働者の配置等の決定及び変更等を行うこと)、経営上の独立性があること等の要件がいずれも充足される必要がある。しかし、右のとおり、事前審査終了証制度においては、右各基準を無視し、請負と職業紹介、労働者派遣との区別を考慮しておらず、そのため職安法三二条一項但書の規定による芸能人の職業をあっ旋することを目的とする有料職業紹介事業の許可を得ていない者が、フィリピン人等外国芸能人につき右有料職業紹介事業とすることが可能になっているしフィリピン人等外国芸能人につき労働者派遣事業をすることも可能になっているのであるから、事前審査終了証制度が、職安法三二条一項、労働者派遣法四条三項に違反することは明らかであり、また、法務省が、右違法な事前審査終了証制度を定めるにつき、故意又は過失のあったことは明らかである。

3  損害

事前審査終了証制度は、原告の正当な業務を妨害していることが明らかであり、原告は、例えば、サンプロダクションが、職安法三二条一項、労働者派遣法四条三項に違反し、事前審査終了証制度によってフィリピン人等外国芸能人を本邦に招へいし、原告の取引先(出演先)である真島園に右外国芸能人をあっ旋したため、真島園から原告の雇用したフィリピン人等外国芸能人を真島園の業務に従事させることを内容とする請負契約を解約され、少なくとも一〇〇万円の営業利益を喪失した。

よって、原告は被告に対し、国家賠償法一条一項又は民法七〇九条による損害賠償請求権に基づき、一〇〇万円及びこれに対する本件訴状送達の翌日である昭和六二年五月三一日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1(一)の事実のうち、原告が海外芸能人の招へい及び興業を目的とする有限会社であることは認め、その余は知らない。

同1(二)の事実は認める。

2  同2(一)の事実は認める。

同2(二)は争う。

3  同3のうち、事前審査終了証制度が原告の正当な業務を妨害していることは争い、その余は知らない。

三  被告の主張

1  フィリピン人等外国芸能人に係る入国審査手続

(一) 外国人が本邦へ上陸するための条件及び査証の必要性

本邦に上陸しようとする外国人は、出入国管理及び難民認定法(以下「入管法」という。)六条により、有効な旅券で日本国領事官等の査証を受けたものを所持し、その者が上陸しようとする出入国港において、法務省令で定める手続により入国審査官に対し上陸の申請をして、上陸のための審査を受けなければならない。入国審査官は、上陸の申請があったときは、当該外国人が入管法七条一項各号に規定する上陸のための条件に適合しているかどうかを審査しなければならず(入管法七条)、審査の結果、上陸のための条件に適合していると認定したときは、当該外国人の旅券に上陸許可の証印を行うとともに、当該外国人の在留資格及び在留期間を決定して旅券にその旨を明示しなければならない(入管法九条)。外国人は、このようにして旅券に上陸許可の証印を受けて上陸することができ(入管法九条五項)、与えられた在留資格及び在留期間の範囲内で在留することができる。

ところで、右の上陸のための条件の一つとして、当該外国人の所持する旅券及びこれに与えられた査証が有効であることが定められているので(入管法七条一項一号)、外国人が有効な査証を有しないときは入国審査官は上陸の許可証印を行うことができず、当該外国人は、入管法三章二節に定める特別の手続を経ない限り本邦に上陸することができない。

なお、日本人の旅券に当該国官憲の査証を必要としない国籍又は市民権を有する外国人の旅券等には、日本国領事官等の査証を必要としないのであるが(入管法六条一項)、入管法四条一項九号に該当する者としての活動を行おうとする外国人に限れば、すべて日本国領事官等の査証を受けた旅券を所持しなければならないこととなっている。

(二) 入国事前審査制度

ところで、査証は、わが国の外務省又は領事官等の権限に属する事項であるが(外務省設置法五条)、その法的性格としては、外国人がこれを有するからといって直ちに上陸が許可されるわけではなく、前記入国審査官の審査の結果、当該外国人の上陸申請が上陸条件に適合していると認められたときに初めて上陸許可の証印がされるものであるから、上陸許可そのものではなく、入国の推薦に過ぎない。

しかし、領事官等が査証を発給するか否かは実質的に外国人の本邦への入国の規制にかかわることであるので、一定範囲の査証発給申請案件については査証事務を所掌する外務省と外国人の上陸、在留事務を所掌する法務省との間で査証の発給について調整を行う旨両省間で了解されており、外務大臣から事実上の協議を受けた法務大臣は、これを審査の上、外国人の入国の適否に関する意見を外務大臣に回答しているのであって、この審査を、法務省においては入国事前審査(以下「事前審査」という。)と呼んでいる。

(三) 外国芸能人の査証発給手続

フィリピン人等が、本邦において入管法四条一項九号に該当する者として芸能活動を行うためわが国の在外公館において査証発給申請を行った場合、事前審査を経たうえで発給の可否を決する範囲の案件とされており、このため右申請を受けた在外公館は、申請者が著名な芸能人であるなどの場合を除き、当該申請者に対する査証発給の可否について当該申請書類とともに外務省に対して経伺し、これを受けた外務省は、法務省に対して協議を行い、法務省(地方入国管理局を含む。)による事前審査の結果(入国の適否に関する意見)を踏まえて査証発給の可否を決定し、これを在外公館に伝えている。

そして、右の査証発給申請に必要な書類は次のとおりである。

(1) 査証申請書

(2) 写真

(3) 招へい理由書

(4) 確定契約書(招へい者と外国芸能人との間の雇用契約書)

(5) 出演引受契約書又は出演引受証明書、出演先の営業許可書、納税証明書、登記簿謄本及び出演場所の規模や設備についての説明資料、申請人の所属ユニオンや政府機関等からの資格証明書(申請人が著名である場合又は出演場所が確実なところである場合は省略できる。)

(6) 招へい会社の登記簿謄本(招へい会社が著名であれば省略できる。)

(7) 公演日程表

(8) 身元保証及び誓約書

(9) 舞台写真(申請人が著名である場合は省略できる。)

(10) 芸歴書(申請人が著名である場合は省略できる。)

他方、法務省において事前審査を行うに当たり必要な書類は、前記書類のほか次のとおりである。

(1) 招へい者に関する書類として、損益計算書、法人税納税証明書及び社員リスト

(2) 出演先に関する書類として料理飲食等消費税納税証明書

また、事前審査における主な審査事項は次のとおりである。

(1) 外国芸能人について

ア 上陸拒否事由がないか。

イ 過去の経歴から職業として当該芸能活動に従事してきたと認められるか。

(2) 招へい者について

ア 報酬支払など身元保証能力があるか。

イ 外国芸能人に対する管理能力があるか。

ウ 過去招へい者としてふさわしくない行為があったか。

(3) 出演内容について

ア 雇用契約で確定しているか。

イ 外国芸能人の提供する役務が公序良俗に反するなど好ましくないものではないか。

(4) 雇用契約、労働条件について

ア 役務提供の契約期間が短か過ぎることはないか。

イ 報酬が低賃金となっていないか。

ウ その他の労働条件が労働関係法令に違反するものでないか。

(5) 出演先について

ア 芸を披露するに十分な広さと設備を備えた客室及び外国芸能人控室を有し、構造上公開興行を行うにふさわしい場所であるか。

イ 法定の営業許可を有し、かつ外国芸能人の出演が都道府県条例に違反するものでないか。

ウ 招へい者への支払能力があるか。

エ その他出演先としての適格性がないとされる点がないか。

2  事前審査終了証制度

ところで、査証発給について事前審査を要する場合、前記のとおり、申請書類の受理、送付、審査結果の回答等が在外公館、外務省及び法務省の間を往復して行われるため、査証発給申請案件の処理には相当の日時を要していたことに加え、事前審査を要する芸能人の査証発給申請件数の大部分を占めるこれらフィリピン人等外国芸能人の申請が昭和五六年に一万九五三一件、昭和五七年に二万三四六三件と増加するに至り、かねてから在外公館における査証発給事務の迅速化が求められていたことから、外務省と法務省は、フィリピン人等外国芸能人に関する通常の査証発給申請手続を存置しながら、これと併行して、次のような事前審査終了証制度を設けて事務の迅速化、簡素化を図ることとし、昭和五八年四月一日からこれを実施している。

すなわち、フィリピン人等外国芸能人について、これらと雇用契約を結んだ招へい者は、法務省地方入国管理局に対し、当該外国芸能人のために、以下の文書を添付して公開興行に関する事前審査願出を行うと、同局において当該外国芸能人の入国を認めることが適当であると認めたとき事前審査終了証を発給し、事前審査終了証を当該外国芸能人が在外公館に提示して査証発給申請を行えば、同申請を受けた在外公館では、他に問題がない限り同館限りで速やかに査証を発給する取扱いを行っている。

(1) 公開興行に関する事前審査願書(各出演先ごとに芸能人の顔写真を貼付したもの二通)

(2) 右(1)の願書に貼付したものと同一の写真一枚

(3) 芸能人に関する書類

ア 芸歴書

イ 公的機関又は芸能人組合等の職能団体が発行した真正な資格証明書

ウ 公開興行出演中の写真

(4) 招へい者に関する書類

ア 雇用契約書(招へい者と外国芸能人との間のもの)

イ 身元保証及び誓約書

ウ 公演日程表

エ 会社登記簿謄本

オ 損益計算書

カ 法人納税証明書

キ 社員リスト

(5) 出演先に関する書類

ア 出演承諾及び誓約書

イ 営業許可書等

ウ 料理飲食等消費税納税証明書

エ 公演場所図面

そして、フィリピン人等外国芸能人の招へい者が、法務省に事前審査終了証の発給を願い出る場合に提出する書類は、右の外国芸能人が査証発給を在外公館に申請する場合に提出する書類と実質的に同一であり、その審査事項も全く同一である。

3  事前審査終了証制度の適法性

(一) 査証の発給は、外務大臣の広範な自由裁量に委ねられているところ、一定の範囲の査証発給について協議を受けた法務省は、同省所管の外国人の出入国の公正な管理という立場から、外務省に対し当該外国人の入国について意見を述べるというのが事前審査終了証制度の本旨であり、事前審査終了証制度は、労働関係法令に係る許認可を行うものでも、また招へい者等関係者の労働者派遣法違反その他の法違反についてこれを許容したり免責したりするものではないことが明らかである。もっとも、事前審査終了証制度においては、査証発給申請を行おうとする外国芸能人の入国を認めることが適当であるか否かについて審査を行う過程において、招へい者等関係者について過去に外国芸能人を利用して労働関係法令違反を犯した事実の有無などを含め、右の法令違反を犯す虞があるか否かについても審査しているが、これは、このような違反行為が外国芸能人の資格外活動を助長したり、滞在中の待遇を劣悪化する虞があるため、これを事前に抑止する見地から、右の法令違反を犯す虞のある招へい者についてはその者が招へいしようとする外国芸能人の入国を規制する目的で行っているのであって、招へい者に外国芸能人を入国後自由に使用することの承認を与え又はその権限を与える目的で行っているものではない。

(二)(1) 事前審査終了証制度は、前記2でみたとおり、前記1(三)でみた通常の査証発給手続における査証発給申請から査証発給までの手順を変更したに過ぎないものであり、査証発給申請又は事前審査願出に当たって提出させる書類等も、これらに基づいて行われる審査の内容も実質的に同一である。

(2) 事前審査終了証が発給される招へい者は、事前審査願出に当たり、フィリピン人等外国芸能人と出演先、出演内容及び日程等を確定した雇用契約を締結したものに限られるのであって、フィリピン人等外国芸能人について職業紹介を行おうとする招へい者に対しては、事前審査終了証は発給されない。

したがって、事前審査終了証制度によって、職安法三二条一項但書の規定による芸能人の職業をあっ旋することを目的とする有料職業紹介事業の許可を得ていない者が、フィリピン人等外国芸能人につき右有料職業紹介事業をすることが可能になったということはできないから、事前審査終了証制度が職安法三二条一項に違反するものということはできない。

(3) 本件告示は、請負により行われる事業と認められるために、ア 労働者の労働力に対する直接の利用性、すなわち、具体的には、雇用者(請負事業主)は、例えば、業務の遂行方法に関する指示その他の管理、始業及び終業の時刻、休憩時間、休日、休暇等に関する指示その他の管理、服務上の規律に関する事項についての指示その他の管理を通じ、労働者を自ら指揮監督すること、イ 業務の処理における独立性、すなわち、具体的には、雇用者(請負事業主)は、必要資金を調達支弁し、関係法令上事業者としてのすべての責任を負い、準備、調達する機械又は材料等により、自ら行う企画又は自己の有する専門的な技術若しくは経験に基づいて、業務を処理すること、を要件としている。

事前審査においては、前記2でみた提出書類のうち、招へい者と外国芸能人との間の雇用契約書には、出演内容、契約期間、労働時間、休日等の労働条件及び報酬についての定めがあることを要し、公演日程表には、出演内容、出演先、出演期間、出演時間等が明示されていなければならないことになっている。また、招へい者の身元保証及び誓約書には、本邦滞在中の一切の生活費及び出国旅費の負担のほか、資格外活動防止についての指導監督、報酬その他の契約条件の誠実なる履行並びに公演日程及び出演場所を無断で変更しないことの誓約を求めているが、これは、当該招へい者において自己の雇用する労働者の労働力を自ら直接利用するもので、労働時間等に関する指示その他の管理及び出演先における秩序の維持、確保等のための指示その他の管理を自ら行うものであることを前提としたものである。しかも、法務省においては当該事前審査願出が労働関係法令に違反するものでないことが不明確な場合、右の点に関する証明資料が提出されない限り事前審査終了証を交付しないことにしている。なお、入管法施行規則六条五号は、入管法四条一項九号に該当する者としての活動を行おうとする外国人が上陸のための条件に適合していることを立証するために提出すべき書類を明示しているところ、昭和六三年二月二九日付法務省令六号による改正において、右規定中「興行内容、興行期間及び報酬その他の条件を記載した契約書の写し」を「興行内容、興行期間及び報酬その他の条件を記載した雇用契約書の写し、その者を招へいする者と出演先との間の公開興行に関する請負契約書の写し、出演先の構造設備を証する書類並びにその者を招へいする者の身元保証書」に改めたのは、資格外活動を防止しようとする観点から、提出資料を整備して明確にしたものであり、これは、入管法四条一項九号に該当する者としての活動を行おうとする外国人入国者の増加に伴い、事前審査願出を受ける法務省地方入国管理局における効率的な実務の運用を確保するため、提出資料を具体的に整備して、上陸審査基準を一般に明示したものにほかならない。

したがって、事前審査終了証制度によって、労働者派遣法四条三項に違反して、フィリピン人等外国芸能人につき労働者派遣事業をすることが可能になったということはできないから、事前審査終了証制度が労働者派遣法四条三項に違反するものということもできない。

4  損害の不存在

原告は、以下のとおり、事前審査終了証制度によって何らかの損害を受けたということができない。

(一) 職安法三二条一項は、各人にその有する能力に応じて妥当な条件の下に、適当な職業に就く機会を与え、職業の安定を図ること等を目的に、従来弊害の多かった有料の職業紹介を私人が行うことを禁じ、政府自ら無料で職業紹介を行うこととし、ただ、例外的に、美術、音楽、演芸その他特別の技術を必要とする職業に従事する者については、その技術に関する十分な知識がなければ能力に適合した職業紹介を行うことは期待できず、公的機関においてあっ旋することが困難であるため、労働大臣の許可を得た者に限り、有料職業紹介事業を行うことを認めているのであり、右許可については、職安法三二条二項に規定するとおり、労働大臣が中央職業安定審議会に諮問したうえこれを行うものであるが、同項は、労働大臣が予め許可申請者についてその資産の状況及び徳性を審査しなければならない旨規定するほかは許可要件につき規定しておらず、このため、実際の許可に当たっても、職業紹介事業に関与する代表者、紹介責任者及び役員(法人の場合に限る。)の能力、徳性、知識、資格、経験及び資産の額並びに事業所の位置等について審査が行われており、当該許可申請者が営もうとする事業の規模等については当該許可申請者の健全な業務運営を確保する観点から審査されるにとどまるのであるから、当該許可申請者において公正に職業紹介事業を行うことのできる場合であるにもかかわらず、既存業者の権益の保護のため許可をしないということはない。

したがって、有料職業紹介事業の許可は、当該許可を受けた業者に独占的な業務上の権益を与える趣旨のものではないから、仮にその者が他の業者の営業活動によってその営業利益に減少を来たすことがあるとしても、そのような利益は法の保護するものではなく、このことは、他の業者の営業活動が許可を受けた適法なものであるか否かによって左右されるものではない。

なお、原告の主張する損害があるとしても、それは有料職業紹介事業について職安法三二条一項但書の規定による労働大臣の許可を有しない業者等が多数のフィリピン人等外国芸能人を招へいし、これを第三者である出演先で嫁働させるという営業活動をすることによって初めて生じるものであるのみならず、許可に係る営業にあっては、いかなる制度であっても程度の差こそあれ、このように不正に営業を行う者が出現することは避け難いところであり、このため、職安法三二条一項但書の規定に違反する無許可職業紹介についても罰則を設け、取締当局が捜査、摘発、検挙しているのであるから、右の制度のあり方と不正に営業を行う者の出現との間に事実上にせよ因果関係の存在を肯定することはできないというべきである。

(二) ところで、入管法は、「本邦に入国し、又は本邦から出国するすべての人の出入国の公正な管理を図る」ことを目的としており(一条)、外国人に対する出入国の管理及び在留の規制については、国内の治安と善良の風俗の維持、保健・衛生の確保、労働市場の安定などの国益の保持の見地からされるものであって、事前審査終了証制度もそうした国益の保持の目的のもとに、フィリピン人等外国芸能人の上陸条件の適否の認定を迅速かつ合理的に処理しようとするものにほかならないから、それ自体制度目的との関係で合理性を有するものであるのみならず、出入国管理制度のあり方如何は、私人の営業的な利益とは本来無関係であるから、事前審査終了証制度の内容如何によって、原告に営業上の損害が発生したとする余地はない。

第三証拠(略)

理由

一  原告が海外芸能人の招へい及び興業を目的とする有限会社であること、及び請求原因1(二)(被告)の事実は、当事者間に争いがない。

二  そこで、原告に、国家賠償法又は民法に基づいて損害賠償を請求することができる権利又は法律上の利益の侵害があるといえるか否かについて判断する。

1  職安法三二条一項は、各人にその有する能力に適当な職業に就く機会を与えることによって、職業の安定を図ることを目的に、紹介者が報酬を得るために労働者の利益を顧慮することなく雇用契約の成立に邁進し、労働者を不利益な労働関係に入らせる虞が大きい有料職業紹介(職業紹介とは、求人及び求職の申込みを受け、求人者と求職者との間における雇用契約の成立をあっ旋することをいう。)事業を原則的に禁止し、政府が自ら公共職業安定所において無料で職業紹介を行うこととし、ただ、例外的に、美術、音楽、演芸その他特別の技術を必要とする職業に従事する者については、その技術に精通していなければ職業紹介を行うことが困難であったり、公共職業安定所においてその職業紹介を行うことが技術的に困難であったりすることから、労働大臣の許可を得た者に限り、有料職業紹介事業を行うことを認めているのであり、右許可要件についても、職安法は、三二条二項において、労働大臣は、予め、許可申請者についてその資産の状況及び徳性を審査する旨規定しているに過ぎず、既存業者の営業上の利益を保護していることを窺うに足りる規定は、職安法その他関係法令を精査してもこれを認めることができない。

したがって、既存業者が右許可によって享受する利益が存在するとしても、その利益は、右許可の根拠法規である職安法三二条一項の目的である職業の安定という公益の保護の結果として生じる反射的利益又は事実上の利益であって、同法条の違反のあることを理由に、国家賠償法又は民法に基づいて損害賠償を請求することができる権利又は法律上の利益とはいえない。

2  また、労働者派遣法四条三項は、職安法と相まって労働力の需給の適正な調整を図るため労働者派遣事業の適正な運営の確保に関する措置を講ずるとともに、派遣労働者の就業に関する条件の整備等を図り、もって派遣労働者の雇用の安定その他福祉の増進に資することを目的に、同条一項により労働者派遣(労働者派遣とは、自己の雇用する労働者を、当該雇用関係の下に、かつ、他人の指揮命令を受けて、当該他人のために労働に従事させることをいい、当該他人に対し当該労働者を当該他人に雇用させることを約してするものを含まない。)事業を行うことができる旨定められている適用対象業務以外の業務について、労働者派遣事業を禁止しているもので、これにより他の業者の営業上の利益を保護しているものではないことが明らかである。

したがって、労働者派遣法四条三項が適用対象業務以外の業務について労働者派遣事業を禁止していることによって他の業者が享受する営業上の利益が存在するとしても、その利益は、右規定の目的である派遣労働者の雇用の安定その他福祉の増進という公益の保護の結果として生じる反射的利益又は事実上の利益に過ぎず、同法条の違反のあることを理由に、国家賠償法又は民法に基づいて損害賠償を請求することができる権利又は法律上の利益とはいえない。

3  そうすると、原告に、国家賠償法又は民法に基づく損害賠償を請求することができる権利又は法律上の利益の侵害があるとはいえない。

三  以上の次第で、原告の本訴請求はその余の点について判断するまでもなく理由がないから、これを棄却することし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 白石嘉孝 裁判官 安原清蔵 裁判官中村也寸志は、転補につき署名捺印することができない。裁判長裁判官 白石嘉孝)

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